ワルツ・フォー・デビー

ビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビー。
酒に酔っている時以外はジャズを聴くことはほとんど無いに等しい、ジャズに精通しているとはとても言い難い僕にとっての、数少ないお気に入りのジャズナンバーである。

20代前半、僕は、ラジオ局のミキサーのバイトをしていた。
潜竜酒造の純米酒「本陣」によるアルコールの奴隷と化している今の記憶が正しければ、日曜の夜九時からやっていたジャズ番組のオープニング曲だった。僕が左手でフェーダーを上げ、右手でスイッチを押すと、この曲が流れ始め、素敵な女性が話しだす。騒がしい日曜の終わりに相応しい、落ち着く、良い番組であり、曲だった。

アルコールが入ると、昔の事を想い出してしまう。視界はぼやけるし、首はひとりでに頭を振るが、不思議と頭の中枢だけは整然としていて、音楽は素面のときよりも鋭敏な神経に働きかけてくる。ワルツ・フォー・デビーの踊るようなピアノ、後半半ばに主張するベースの音色。静かな夜に相応しい、おとなしく、それでいて激しい曲。起伏のある感情にがっちりと噛み合い、丸くさせてくれるようなそんな曲だ。

人の創作する音楽、小説などに夢中になる僕には、到底自分は人嫌いだと言う事は出来ない。多くの人々が集まる場所は苦手だが、おそらくそれは自意識過剰、神経質から来るもので、少々病的なものだと考える。分かってはいてもなかなか治せないもので、特にこれといって支障は無い、ということにしたいが、不安を取り除きたいというのが人間というもの。

だから僕は、酒を飲みすべてを忘れることにする。
以上、回顧と、遠回しな酒を飲むことの言い訳である。